【震災から10年】ロッテ・佐々木朗希「勇気や希望を与える」12日実践デビューへ
ロッテの最速163キロ右腕・佐々木朗希投手(19)は震災当時、小学3年生。岩手県陸前高田市で被災し、父・功太さん(享年37)と祖父母を亡くした。野球のおかげでつらい時間も乗り越えられたという朗希は「今は勇気や希望を与える立場にある」と活躍を誓った。
あの日から3654日。19歳になった朗希は静かに振り返った。「10年という節目ですけど、僕にとっては毎年忘れることはなかったので。特に10年目だからといって何かあるわけじゃないですけど、3月11日は毎年特別な日だなと思います」
2011年3月11日。当時小学3年の朗希は陸前高田市にある高田小で津波を経験した。高台に避難したため無事だったものの、自宅は津波で一瞬にして流され、父・功太さんと祖父母を亡くした。同市の犠牲者は行方不明者含め1750人以上。普通の生活が一瞬にして変わった。震災直後は母と兄弟、朗希の4人で、老人ホームでの避難所生活を余儀なくされた。「本当にいつ当たり前の日常がなくなるか分からない。それがすごい怖いなと思った。毎日に感謝しながら一生懸命生きていきたいと思う」と言葉を詰まらせた。
そんな朗希が唯一夢中になれたこと。それが野球だった。小学4年で母方の親族のいる大船渡に引っ越し、野球に没頭した。「やっぱり野球してる時が一番楽しかった。夢中になれる時間というのがあったおかげで、大変な時もつらい時も頑張れたと思う」。2013年の楽天の日本一にはくぎ付けになった。「その時は田中(将大)選手に憧れていたので、すごく勇気をもらいましたし、感動した記憶があります」
大好きな野球とともに成長した少年は大船渡高3年の春には最速163キロをマーク。19年には4球団競合の末、ドラフト1位でロッテに入団した。「本当に野球があって、野球を知れてよかったなと思います」。その野球の楽しさを教えてくれたのは父だった。
「10年前の僕はたくさんの人から支えられ、勇気や希望をもらいながら頑張ることしかできなかったけど、今はその時とは違って勇気や希望を与える立場にあると思う」。9歳の少年は田中将のように日本中から注目される存在になった。そして、ついに“その瞬間”が訪れる。昨季は実戦登板なしに終わったものの、1年間の体作りを乗り越え、12日の中日戦(ZOZO)でプロ初実戦を迎える。この日もブルペンで27球を投げ、調整は順調だ。「何より諦めないで一生懸命頑張ることを言葉だけじゃなくてプレーでも見せることができたらと思います」。10年分の思いを胸に、夢のマウンドへ。1球1球に思いを乗せ、父、祖父母、そして東北へと届ける。
◆佐々木朗希の歩み
▼2001年 11月3日、岩手・陸前高田で生まれる
▼10年 陸前高田市立高田小3年時に野球を始める
▼11年 東日本大震災で父と祖父母を亡くす。避難生活を経て4年時、大船渡へ移住
▼14年 大船渡一中に入学し、軟式野球部に入部。2年時に腰を疲労骨折
▼16年 硬式への移行球「Kボール」使用大会でオール気仙の一員として全国大会出場。141キロをマーク
▼17年 大船渡高へ進学。1年夏からベンチ入り
▼19年 4月の高校日本代表1次候補合宿の実戦形式練習で、高校生史上最速の163キロを記録。夏は県大会決勝で登板せずに敗退もU―18W杯日本代表入り。同年ドラフトで4球団1位指名競合の末、ロッテ入り
▼20年 右肘のコンディション不良もあり体作りに専念。1年目の「実戦登板」はなし
▼21年 2年連続キャンプ1軍スタート。3月5日のシート打撃では今季最速152キロ
参照元:https://news.yahoo.co.jp/articles/69078ff5ced0529b943d566aa8fd7447cdbe0960
ネットの声
逆に生き延びてこれから光り輝く人もいる。
それを思うと重圧もあるだろうが、階段を一つ一つ登って行ってほしいね
天国にいるお父さんやおじいちゃんおばあちゃんも明日マウンドに上がることを目を細めて喜んでると思う。
がんばれ!
そろそろと、ファンも待ち望んでいる。
持てるポテンシャルを活かして、活躍することを期待しています。
佐々木投手は、東北の期待の星だと思います。そして被災者から立ち上がる、申し子であると思います。今年はしっかりと先発要員として、頑張って頂きたい。そして優勝の原動力となってください。亡くなられたお父さんにも思いは届くと思います。
我がライオンズが当たりくじ引いて欲しかったけどそれは叶わず。
ライオンズとの対戦を楽しみにしてます。
とっては10年の時間を1つの区切りとして
受け止められるかどうかは色々と
考えるところがあると思います。
そんな中、大きな悲しみを抱えながらも
今年二十歳を迎える青年が注目を
集めている事には、少なからず意味が
あるのではないでしょうか…
是非頑張ってほしいですよね。
だけど被災地の思いを背負うとか、そこまで頑張らなくて良いと思う。
それが本人の原動力になるなら、心の底から応援したい。
でもまずは自分のために、伸び伸びとプレイしてもらいたいな。
今日で東日本大震災から10年ですね。
苦労もなさったでしょうし、つらいこともたくさんあったでしょうね。
プロ野球選手ともなると誘惑も多かったりするのかもしれませんが、どんな時にも自分を見失わずにいて欲しいと思います。
真面目なかたって、大好きです。
応援しています。
結果が出せると良いですね。
頑張れ!!!
毎日、コロナで暗いニュースの連続でホリエモンやひろゆきのような誰かを批判する発言だけを聞いてると気持ちもスカッとしない。
辛い経験をしても前向きに頑張ろうとしてる人にはこれからたくさん成功していって欲しいです。
とはいえ、ファンのみんなが願うことは、伸び伸びと、そして怪我なく、佐々木選手の持つ力を存分に発揮して欲しいということ。
素晴らしい選手生活になることを心から願っています!
佐々木選手も世代的にはそうですよね。
若者の力強い行動力を信じたい。
明日、実戦デビューというのもロッテ首脳陣の粋な計らいに思います。朗希選手も意気に感じてピッチングするだろう。まだまだ三寒四温の時期なので身体に気を付けて欲しいと思います。応援しています。
だが、佐々木選手のことが初めてニュースになった時から、彼には特別の思い入れをもって見守ってきた。
被災地の人達からは、希望の星として数々の期待と応援の声が上がる。
そうなんだろう、とも思う。
ただ一切の背景を抜きにして、私は彼のダイナミックな投球フォームがただただ大好きなのだ。
トレーニングを重ねて体が出来て来れば、結果も出てくるだろう。
彼が心から野球を楽しんで続けられれば、それで良い。
類い稀な才能を持った彼が、心から野球を楽しんで続けるなら、結果は自ずとついて来るだろう。
そして彼が活躍する姿が、結果的に被災地の希望になれば良い。
でもこういう風に「有名人」になってしまうと、強制されなくても自分で「自分が語らなければ」と思ってしまったりとかもあって「語らない」選択肢がないみたいな感じになることもあると思います。
この方がどうなのかは分かりませんが、語ってくださってありがとうございます。
もし被災者だけどあの日のことを語らない選択をした方がこれを読んでいらっしゃるなら。
それでもいいんです。その選択を気にしなくていいです。今日という節目の日も、そうじゃない普通の日も、美味しいもの食べてあったかいお風呂に入ってお布団でゆっくり寝て過ごしてください。
時間が経つ早さを感じるけど、被災者の方々が時間の経過をどう感じているのかは、ご本人達にしか分からない。
誰にとっても辛すぎる経験だったけれど、時間が止まることはないので、残された人間としてただただ生きていくしかない。
天国のお父様たちも喜び、期待しているのではないでしょうか。
とは言え、ご自分の体は大切に、長きにわたる活躍を祈ってます。
サンドウィッチマンに代表される、現地で被災し今も支援の手を緩めない方々にも、その行動の数々が私達に勇気や希望、そして尊敬を与えてくれた。
佐々木投手、被災者の方々の希望や勇気の光となる、大輪の花が開く事を願っています。
これから活躍を期待しています!頑張って!
その状況の中にいた方にとって生涯消える事のない心の傷になってしまうことでしょう。
モノの復興も重要ですが、少しでも被災した方々の心が癒える事を願います。
また、あの地から優れた人材が活躍する様は傷ついた方々の心の支えになることでしょう。
佐々木朗希選手には期待せずにいられない。
この思いは彼の重荷になってしまうのかも知れないが、彼ならばそれを物ともしない事でしょうし、マリンズファンは彼を支える事でしょう。
岩手県宮古市にいて、TVで観た
大津波の映像で慌てて電話するも
全く通じず、疎遠ながらも慌てました。
佐々木投手は幼くして
実際にあの大津波を経験して
お父様たちを亡くされた事を思うと
本当にお辛かったと思います。
ご家族を大切に…
そしてご自身のお身体も
どうか無理をせず、気負わずに
輝いて頂きたいと思います。
被災者の1人だったのですね。ご家族を亡くし辛い中で相当な努力をされたことでしょう。
当たり前の日常が一瞬で変わる現実は、生きていくうえであり得ること。それでも何があっても前を向く強さを人間は持っているのだと教えられた気がします。これからも頑張ってください。
その軌跡を皆応援していると思います。
これからも、大好きな野球と共に素敵な人生を歩んで下さい。
応援してます。
良く大きくなり夢の舞台にたどり着きました。
高校野球の時も心配をしました。
これからも体に注意して思う存分プレーしてください。
佐々木君が試合に出るってだけでも喜ぶ人間がたくさんいるのです。
頑張らんでいい。陸前高田からあんたは神の使いだ!
被災者にしか分からない感情。を内に秘めて野球してる姿見るだけで被災地の方々は勇気もらえるでしょう。マウンドで躍動する姿楽しみにしてます!
野球で感動与える。嬉しすぎる。
佐々木朗希投手の事を、天国にいるお父さんや祖父母はきっと応援してくれてるはず。
朗希投手とマー君対決の対戦を東北で観たいね。
きっと、勝ち負け関係なく涙しながら観戦してるよ。
深い眼をしている高校球児だなぁ
と印象がありましたが、
そのような辛い経験があると知り
密かに応援しておりました。
頭も良い青年とも聞いております。
どうぞ、LOTTEさん、大切に良い投手に
育ててください。
それが、お父様、ご祖父母の願いだと思います。
そういう大変な状況でも頑張ってプロの道に進まれた気概にご両親の佐々木郎希氏への深い愛情を感じます。。
今も姿が見えずとも支えになってくれているのでしょう。
先祖からの大きな支えできっと大成するでしょう。
そういう意味で余計な苦労も多いとは思うが、頑張って欲しい。
その一言に尽きる。
今年こそは一軍で投げる姿を期待してます。
これも縁なのか田中将大投手が震災10年を機に日本に戻って来ました。
東北に勇気と希望を与えたいという想いは2人とも同じだと思いますので、
是非宮城県の楽天のホームグランドで2人の投げ合いを見せて欲しいですね。
期待してますよ、
佐々木投手!!
家や今いる部屋の中のものがなくなったりとか、住む場所が変わった人もいる。
つまり、これが、日常を奪われるってこと。
勿論、一番大事な人もなくしたら、その心の傷は計り知れない。
辛かったでしょうが、そこからここまで来るのは凄い。
是非、今年はロッテの先発ローテーションの一角を担って活躍してほしい。
東北、千葉マリーンズファンが
楽しみに明日デビューを見守ります。
斎藤だって30すぎて過保護に扱われてるんだしろうきだって過保護に扱われるべきなんだ。それが被災者への希望にもなる。
本人は大学から東京にいたので被災はしませんでしたが、当時は生きた心地はしなかったろうなぁと思います。
管理人の率直な感想
期待が大きいだけにプレッシャーは相当あると思います。
球速には拘らず長いイニングを投げ試合を作れる選手になってほしいですね。
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